5日目


朝5時、目覚ましのアラームが鳴るまえに起き、サッとシャワーを浴びる。
いつになく丁寧に体を拭いたあとは、わざわざ日本から持ち込んだ真っ新のスーツ(上下)とカッターを着込んで、ネクタイをキュッと締める。
あれから4年・・またこの日に、ここ(フランス)に戻ってきた・・

いままで数え切れないほどのレースを見てきた。
1着2着ハナ差4着で120万円取り逃がしたオークスもあれば、ずっと応援してきた牝馬がダービーを勝って、涙が止まらなかったこともあった。
しかし、「一番思い出に残っているレースは?」と聞かれたら、私は迷うことなく「ディープインパクトが負けた凱旋門賞」と答える。
それほど、4年前のこのレースは衝撃だった。

この4年間、ずっと何かが痞(つか)えたままだった。
ウオッカがダービーを勝ったときは、やっと痞えがとれたかな・・とも思ったが、そうではなかった。
中央競馬のみならず、地方競馬を巡り、北海道の馬産地を巡るたびに、”日本の競馬は素晴らしい”との思いを強くした。
そしていつしか、この素晴らしい日本競馬が世界に認められ・・いや、世界の頂点に立ってほしいと願うようになった。

武豊騎手は言っている。
「いまでもディープインパクトは、あのとき世界で一番強い馬だったと思っている」と。
わたしも、確信を持って言い切れる。ディープは世界最強馬であったと。
「強い馬が勝つのではない。勝った馬が強いのだ」と、正論をいくら聞かされても、
「いや、そうではない。必ずしも勝った馬が最強だとは限らない。」と、つい詭弁を弄してしまう。
その根底にあるのは、やはりディープインパクトの存在である。いままで一度も、彼が最強馬であることを疑ったことはないからだ。

しかし現実はどうか。
ディープインパクトの凱旋門賞は、まごうことなき「敗北」であり、「失格」であった。
それはまた、日本競馬の「敗北」でもあった。
これほどの馬をもってしても勝てない「凱旋門賞」
(建物の)凱旋門が脳裏をよぎる。
とてつもなく高い壁が日本馬のまえに威圧的にそびえている。
「くっそーーーー!!いまにみてろよ!!絶対日本馬が世界で一番ゆうことを証明したるさかいな!」 (わしにはどうすることもできんけど)

そう・・あれから4年たったのだ・・。


ん?なんかいつものカンジじゃない?
ごめんなさい(^_^;) もとにもどします(汗)


着慣れないスーツの裾をまくって、まだ目は半開きのままフロントへ。
カンパニールでの朝食は初めてなので、フロントのにいちゃんに食堂の場所をきく。一階の奥だった。
もともとあまり朝は食べない方なので、バイキング方式なのだが、パンとハムとソーセージをちょこちょこっと皿に入れる程度で済ます。
軽く食事をとったあとは部屋に戻り、持って行く荷物の整理。えっと・・カメラよし、レンズよし、クーラーボックスよし・・
クーラーボックスは、2日目の日記でちょっと書いたが、モンサンミッシェル近郊のスーパーで買ったプラスチック製のもの。
競馬場では撮影場所を決めると、そこでじーっと待機していることが多いのだが、柵の側は椅子がないので、このBOXを非常用の椅子として使うのだ。
スーツ姿でプラ製のクーラーボックスを持ち歩くのは、端から見ていて少し異様だが、まあ、おかまいなしである。
最後にipadを鞄に入れる。よし、準備オッケー!さあ、いざ出陣!今日は快晴だ!(^o^)

言うまでもなく目的地はロンシャン競馬場なのだが、どうしても寄っておきたい場所があった。
凱旋門である。日本馬が凱旋門賞を制覇する(と信じて疑わない)今日、どうしても最初に寄っておきたかったのだ。





今日は雲一つない快晴。朝焼けに映える彫刻が美しい。美しすぎる・・
そして、やはり・・というか、もの凄い威圧感だ。
『いま眺めてる凱旋門はただの凱旋門じゃない。日本馬が勝った凱旋門賞の日の、凱旋門だ!』
・・とカメラを構えながらファインダー越しに目を凝らすのだが、
「日本馬が世界を制すだと?この凱旋門の壁を超えられるものなら超えてみろ!」
・・と挑発されているような感すら受ける。
しかし、今日は必ず日本馬が勝つのだ!!
ゆっくりと時間をかけて、門の回りを一周する。撮り収めた写真は約30枚。
よし・・用は終わった。いざゆかんや!決戦の聖地へ!

・・と勇んでみたのはいいけれど、なかなかタクシーがつかまらない。
おーい、止まってくれよう・・(>_<) 手を大きく挙げて振るも、通りすぎるタクシーは全て実車。(お客が乗っている状態)
しょうがないので、昨日のルートで行くことに。
地下鉄Porte Marloot駅経由で244号のバスに乗り換えるルートだ。よし、今日こそ乗り間違えないぞ!
鼻息ぷーぷーで地下に駆け下りる。
凱旋門の真下にあるCharles de Gaulle Etolle駅からPorte Marloot駅までは、metoroの1号線で2駅西に行くだけなのだが、
地下は、エッフェル塔方面に行く6号線、北駅方面に行く2号線、Porte Marlootには止まらないRERのA路線のホームが混在して、非常にわかりにくい。
えっと・・えっと・・どこだ?これだ!・・と思ってホームに降りたら、RERだった。(爆)
あわてて戻るが、改札機で足止めを食らう。乗った駅と降りた駅が同じなのでエラーが出た。
しょうがないのでRERのホームから乗り継ぎルートで、1号線を探す。
さんざん迷ってなんとか1号線に乗り、Porte Marlootへ。そのときMさんからメールが届いた。
「いま、競馬場バス停」
・・はやっ! 「なんでそんなにまよわずこれるの?」と返信すると、
「同じメール送ります。メトロ1号線ポルトマリオット一番前の車両改札出て右6番出口あがる。バス停が見えます。244バスに乗り、
ブローニの森を抜けたバス停で降りてください」と丁寧に教えてくれた。メルシーまりもさん!いままさに、その情報が欲しかったんですよ(^^)
「ありがとうございます!」と返信し、メールどおりのルートを辿る。244バスが目の前に止まっていた。よかったあ・・



競馬場に着いたのは9時すぎ。MさんとSさんは既に最前列に並んでいた。好意に甘えて中に入れてもらう。
開門時刻まで一時間くらいあったが、人は結構並んでいた。日本人の姿もちらほら見える。
凱旋門賞当日の入場料は普通の日の倍の8ユーロ。日本円にして千円くらいだ。
入場券の当日販売も、もちろんあるのだが、前日にインフォメーションで買っておくと、開門時に待たされなくていい。





開門し、中に入るとお祭りムード。
凱旋門賞はフランス人にとって社交場でもあった。
















老若男女問わず、みんな心から競馬を楽しんでいる。
こういうカーニバル的な雰囲気は、日本の競馬場では、なかなか味わえないものだ。
一昔前と違って、日本の競馬もネガティブなイメージは払拭されつつあるが、
「競馬がひとつの文化として広く市民権を得ているか」という点では、まだまだフランスには遠く及ばない。
歴史やもともとの文化の違いがあるので、単純に比較はできないのだが、
競馬をこよなく愛する一ファンとして、日本でもこのような素晴らしい環境が築ければいいのになあ・・と心から思った。





凱旋門賞の行われるロンシャン競馬場=みんなフォーマルな格好でセレブに観戦・・というイメージをもたれがちだが、
決してそんなことはなく、一般席では、ポロシャツやジーパン等のラフな格好で観戦する人が大半を占める。
(わたしのように、上下スーツ姿でいる方が、浮いていたりする)
日本の競馬場のような”場所取り”は一切行われず、パドックや馬券売り場などを移動しながら、そのとき空いている場所に腰をかける。
日本もこうなればいいんだけどなあ・・。



13:05分、第一レースのカドラン賞が始まった。いきなり芝4000mのG1だ。
ゴール直前で騎手が鞍上で立ち上がり、指を突き上げるパフォーマンス。こんなど派手なガッツポーズ、日本じゃ見られんなあ・・。



2歳牝馬最強を決めるG1、マルセルブーサック賞。勝ったのはアイルランド産の MISTY FOR ME



2歳王者を決めるジャンリュックラガルデール賞(G1)を土つかずの5連勝で圧勝したWOOTTON BASSETT



フォレ賞を競り勝つGOLDIKOVA。ミエスクを抜いて、ヨーロッパのG1最多勝利(11勝)の記録を樹立



歓声の上がる中、悠然と引き上げてくるGOLDIKOVAとペリエ騎手



吹奏楽隊が馬場を行進し、いよいよ凱旋門賞カウントダウンモード。
おっと・・馬券を買うのを忘れてた。えらいこっちゃ!あわてて日本語おばちゃんの窓口に行く。
記念に保存する用に、全出走馬の単勝馬券2ユーロづつと、日本馬であるヴィクトワールピサとナカヤマフェスタの単複をガツンと購入。
どうか・・どうか・・勝ってくれますように・・。



凱旋門賞に出走する各馬が本馬場に入ってきた。
日本だとすぐにキャンターに入るが、ロンシャンでは馬場の中央をゆっくりと行進する。
観客の反応も日本と比べてずっとおとなしい。馬を静かに迎えいれる風習が根付いている感じ。いいなあ・・この雰囲気・・(*^_^*)



少し入れ込み気味のナカヤマフェスタ。力を出し切って帰ってくるんやよ(*^_^*)



ヴィクトワールピサも颯爽と駆け抜ける。「がんばれよー!豊!」Mさんの声援が響き渡る。きっと耳に届いてるはず(*^_^*)



出走各馬のゲート入りが始まり、シーンと静まりかえる場内。
海外の競馬にはファンファーレがなく、突然ゲートが開いてスタートが切られる。
ファンファーレは競馬ファンの高揚感を最高潮にヒートアップさせ、レースを盛り上げる効果があるが、
大歓声を巻き起こして、馬を興奮させるリスクも伴う。どちらがいいかと聞かれたら、うーん・・フランス式のほうがいいかなあ・・と思う(^^;)

期せずしてゲートが開き、前フリなしにいきなりレースが始まる(感じ)。
両脇を締める手と肩幅に広げた両足が小刻みに震える。こんな感覚はディープ以来だ。
視線はターフビジョン釘付けになり、日本馬2頭の位置取りを目で追い続ける。
しかし全馬が画面に映るわけでないので、画面が変わるたびに見失う。20頭と頭数も多い。
場内に流れるフランス語の実況は全くわからない。ときおり断片的に聞こえる日本馬名だけが聞き取れる程度。
縦縞のヴィクトワールピサのやや前あたりにナカヤマフェスタ。両馬、中断あたりにつけている。
4角手前のフォルスストレート(偽りの直線)あたりでは20頭ほぼ一団。どこからなにが出てきてもおかしくない。
このフォルスストレートがとにかく長い。650mもある。そして、そのあとゆるやかなカーブ(4角)があり、
各馬一斉にスパート!さあ、日本馬はどこにいる?一瞬見失う。馬場の真ん中を突いて、あれは・・あれは・・
ナカヤマフェスタがきたあああああああああ!!
きたきたきたきたきたあああああああああ!!

内でしぶとく粘る馬がいる。それがなにかすらわからないが、外はナカヤマで間違いない。
ファインダーに映る2頭が『シャッターチャンスの射程圏』に入る。

その瞬間・・なぜか台風の目に入ったように気持ちが静まるというか・・冷静になり、手足の震えが止まる。
体がカメラモードに入った。何も聞こえなくなる。

カシャカシャカシャカシャッ・・











カシャカシャカシャ・・
・・・・・・
急にカメラモードから現実モードへ。

あああああああああああああああ・・負けてしまった。。

惜しかった・・惜しすぎる・・
しかし、このちょっとの差が、とてつもなく長く、遠く感じる。
まだまだ世界の壁は高く、厚かった・・。

正直言って、わたしはナカヤマフェスタよりもヴィクトワールピサのほうが好走するのではないかと思っていたので
このナカヤマフェスタの大善戦は予想外だった。
ごめん・・ナカヤマフェスタ・・君を少し甘く見ていた。。もっとたくさん複勝馬券を買っとけばよかった・・(おい)

ふと隣にいるMさんとSさんを見ると二人ともナカヤマフェスタの善戦に感動している。



ほどなくして、全出走馬が引き上げてきた。
ロンシャン競馬場のシンボルでもある風車をバックに写真に収める。
まずは、ヴィクトワールピサ。
武豊騎手、お疲れ様・・結果は残念だったけど、また応援するよ!







そしてナカヤマフェスタも帰ってきた。
蛯名騎手の悔しくてたまらない気持ちが、その表情から痛いほど伝わってくる。
けど蛯名さん、あなたの騎乗は素晴らしかったよ・・よくやった・・夢をありがとう・・(T_T)





優勝馬のレイを纏い、悠然と引き上げてくるワークホース。
やっぱりイギリスダービー馬は強かった・・。
ナカヤマフェスタが僅差で負けた悔しさはもちろんあったが、それ以上に最高にいいレースを見せてもらったという気持ちがあって、
ワークホースにも、「ありがとう・・」と(心の中で)お礼を言いながら、Sさん、Mさんと「来てよかったね・・」と感慨に浸っていた。





自分の育てた馬が凱旋門賞を勝つってどんな気分なんだろう・・
自分が乗った馬で凱旋門賞を勝つってどんな気分なんだろう・・
自分が選んで購入した馬が凱旋門賞馬になるって、どんな気分なんだろう・・
いいなあ・・おいらも馬主になりたいなあ・・。












優勝したムーア騎手。
いい表情してるなあ・・。
来年こそは、日本の競馬関係者がこの表彰台に立てますように・・





表彰式を見終えたあと、3人でスキップをしながら払い戻しの窓口に行き、そこそこ(ないしょ♪)の配当金を得る。
2日間お世話になった、日本語窓口のおばちゃんにお礼を言ってチップを渡し、「また来年よろしく〜」と笑顔でお別れ。
そこそこの配当金を得たので、みんなでフランス料理を食べに行こうとSさんが言ってくれて、「おお!すばらしい大賛成!」
「実はもう、前の日からまさきさんの予約もいれてます」って、おやまぁ、準備万端やーん!(*^_^*)
まだ少し時間があるので、7Rと8Rのオペラ賞を観戦&撮影して、ロンシャン競馬場をあとにする。


↑オペラ賞を競り勝つ LILY OF THE VALLEY (今年度5戦5勝) 

競馬場出口付近のタクシー乗り場は長蛇の列。タクシーが全く来ないので、しょうがないからバス乗り場のほうに向かう
3人ともおみやげがめちゃくちゃ多くて重くて、トートバッグを持ち上げる両手が引きちぎれそう。。(^^;)
バスもなかなかこないうえに大混雑だったが、なんとかかんとかPorte Marlootに着いた。
メトロの駅でMさんSさんと一旦別れてホテルに戻り、鉛が詰まったような荷物を置く。ほっと息つく間もなくまたそれからバスとメトロを乗り継いで、Tuileries駅に。
そこでMさんSさんと再度合流し、3人でPINXOという店を探すが、なかなか見つからない。
人に尋ねたり、iphoneのGPS機能を駆使して検索したりしながら徘徊すること半時間、ようやくPINXOが見つかった!すごくいい雰囲気の店だ(*^_^*)
『時間だけでなく、美味しいものも分け合う精神・空間がテーマ  “つまむ”感覚が新しい、スタイリッシュ・フレンチ』 (PINXOのHPより)
という斬新なコンセプトのフランス料理店で、出てくる料理もすべてめちゃくちゃ美味しかった(*^_^*)









日本馬大健闘の話で盛り上がり、また店内のスタッフのおねえさんがとても気さくでいい人だったこともあり、
心もおなかも大満足でPINXOをあとにする。
SさんMさんにお礼を言ってメトロの駅でお別れ。聞けば2人は明日フランスを発つそうだ。

「とおるちんは、これからどうするの?」
「うーん。あしたはベルギーかオランダにでもいこかなあ?」
「きーつけなよ。とおるちん、おっちょこちょいやから」
「うん。ありがとさん(*^_^*;)」

ホテルに帰ってサッとシャワーだけ浴びて寝床につくが、なかなか寝つけない。
まだ、凱旋門賞の興奮が少し残っていて、体が火照っている感じ。
いいレースだったなあ・・けど、悔しかったなあ・・・

1時間くらい、今日一日を天井を眺めながら振り返って就寝。
明日もいいことあるといいなあ・・


6日目に続く
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